投資家が「変わる」とき




投資を始める人の、おそらくほぼ全員が

「今の生活をより良いものに変えたい!」という願望をもって相場に参戦します。



クールなスポーツカーに乗りたい。
もっと広い家に住みたい。
妻に宝石を買ってあげたい。
子どもの教育費を稼ぎたい。



細かい理由は人それぞれでしょうが、

現状を「変えたい」欲望が、人を相場へと誘います。





そして、小さな利益をコツコツと重ねて
望みに近づいたと思った矢先に

「○○ショック」と名付けられた経済危機で
それまでの利益をドカン!と失い、

気付いたときには
借金の地獄鍋で茹で上がるのを待つばかりになっています。


そうなると、それまでコツコツと勝てていた自分のロジックも信じられなくなり

何か良い手はないか、と

ネットの世界へ放浪の旅に出ます。






「放浪」なら、まだ自由気ままな印象がありますが

正確には、ふらふらと漂うだけ。


“投資家”を名乗る、ただの「遭難者」です。






遭難者には、もはや過度な欲望はありません。

ただ、相場を始めた頃の元の地点に戻りたいだけ。

安心できる我が家に
安全に送り届けてくれる人はどこかにいないか、と探し求めています。





何も悪いことなんてしていなのに、どうしてこんな目に遭うんだろう・・・。

妻に宝石を買ってあげたいと願うことが、子どもの教育費を稼ぎたいと思うことが、

そんなに悪いことなんだろうか・・・。





明けても暮れても、理由が解らず

この世の理不尽を恨み、
呪いながら幽霊のような一生を送ることになります。








彼らは一体、何が間違っていたのでしょうか。

どうすれば助かるのでしょうか。





このような「人生」に関わることを

当ブログのように無料でネットに載せるラフなスタイルで良いのかなーと悩みもしましたが、

それが現代社会の特徴であり面白いところでもあるので、書くことにしました。



私の投資家人生の中で
実際にこの目で見てきたことであり、私にとっては真実ですし、

いずれどの人も辿り着く答えだと考えていますから、

ここで私が出し惜しみしても仕方ないかな、と。








さて、本題に戻ります。



遭難し、幽霊となった自称“投資家”たちの間違いは、

ある一点に集約することができます。






それは、

「すべてに他力本願」だということです。


世の中の負組トレーダーが「負組」から抜け出せないのも、「他力本願」だからです。






ネットに放浪の旅に出るとき、

彼らが考えているのは
「間違いなく結果の出る選択肢はどれだ!?」ということだけです。


当たりクジを探し出すことに必死になっています。

だから、いくつものトレード塾を転々と渡り歩くのです。







当たりクジを探し出す根拠として

HUBLOTの限定版を着けているとか、帯付きの札束の山の写真があるとか。

MT4
設定画面のサーバーが「Real」かとか、先出しトレードなら信頼できるとか。




書けばキリがありませんが、
これらの根拠すらもネットで情報を探す始末・・・。



逆に言えば、

それらネット上で語られる根拠さえ揃っていれば
当たりクジと信じてしまうわけです。







実際のところ、そもそも
「選んだ時点で“当たり”と決まっている選択肢」なんて存在しません。




「選んだからには、何が何でも成功させてやる!

という思考でなくてはならないのです。



ところが、「他力本願」の思考で凝り固まっていると、

そこに焦点を合わせることができません。






投資家であっても、なくても

私が知っているビジネスの成功者たちは
何をやってもマネタイズし、そのプロジェクトを成功させています。



きっと成功者にとって
「マネタイズ」は自転車に乗ることと同じなのでしょう。


一度でも覚悟を決めて成功させる感覚を掴んでしまえば
何をやってもどうやっても、

乗りこなせてしまうのです。




ママチャリも、クロスバイクも、製品を造って売る側は
他の製品との差異をアピールしてきますが

どれに乗ろうと、自分の足で漕げば
目的地に到着できることには変わりありません。


どんな急な坂道もママチャリで上っていく主婦の姿を
誰もが見たことがあるでしょう。


ママチャリがどのメーカーかなんて、坂を上る主婦は気にしません。


強いて言えば
その選択肢を選ぶ基準は、その製品が好きかどうかです。

好きじゃないと続けられませんし、
愛情をもって目的地まで一緒に進むことはできません。


マネタイズに置き換えると、
愛情をもてないと金のなる木に育てることはできない、ということです。




先ほど、“間違いは「すべてに他力本願」であること”と書きましたが


クールなスポーツカーに乗りたい。
もっと広い家に住みたい。
妻に宝石を買ってあげたい。
子どもの教育費を稼ぎたい。


これらに見る「幸福像」も間違いだらけです。







クールなスポーツカーに乗る人は、クールでなくてはなりません。

フェラーリやランボルギーニを買ったところで、
「ビール腹の汗臭いおじさん」が乗っても

周りが不愉快なだけですし、車にも失礼です。




広い家に引っ越したところで、その“広い”空間を味わえる美意識がなくては

広くなった分だけ「不要なもの」を溜め込んで、
結局、狭苦しく暮らすことは目に見えています。




妻にジュエリーを贈ったところで
それを身に纏う場所を知らなければ、宝の持ち腐れです。

休日、それを着けて近くのイオンモールに行くのは、Tシャツ&ジーンズで行くよりもずっと惨めです。

イオンモールも楽しいですが、それと同じくらい
日常的にオペラやディナーショーを夫婦で嗜む教養が必要になります。



子どもの教育費も同じです。
そもそも「学び」は自主的に行うものであって、例え親であっても強要することはできません。

学問を強要されても知識として定着しませんから、子どもにとって若い日々の貴重な時間の無駄遣いに他なりません。

親は子どもにとって、他の誰よりも「先生」になり得ます。

一緒に生活する中で教え、共に学ぶからこそ「教育(教え育む)」なのであって
予備校へ通わせ、大学の学費を納めるだけで「成績優秀でいなさい。」と言うのは、あまりにも無責任です。

子どもが小学校へ上がる前から英会話塾へ通わせる親が大勢いますが、

親が英語を話していれば、
その年頃の子どもはいつの間にか英語で話し始めるものです。




高額の自転車を買うことなら、誰にでもできます。




しかし

自転車を漕ぐのも、

目的地を目指すのも、


自力であることを忘れてはいけません。








「お金さえあれば、現状を変えられる・・・。」

これが他力本願の考え方です。





現状を「変える」のは、お金ではなく


「自力で何が何でも成功させる!」
という意識です。









意識さえ変われば、


全てが変わります。






意識を変えるのに、

1秒もかかりません。








ネット検索に必死になっている手を一旦止めて、


その1秒間だけ、


意識を変えるために集中してみるー。









この貴重な1秒こそ、



何よりも人生の投資になることは



間違いありません。





最後までお読みいただきありがとうございます。

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