脳が好む「負け」




「0」とは、本当にミステリアスな数字です。

そして「0」よりも「00」「00」よりも「000」になると
もはや不可思議という表現の方がしっくりくるほど奇妙に感じられます。


「00」「000」は、もちろん相場における節目として
投資家に意識されるラインでもあります。


1.00も、0.99も、1.01も、
数値としてその価値や重みに違いなどありません。

ところが人の目を通した瞬間、バイアスがかかって
1.00の方を意識してしまうのです。



相場においても

本来、その数値には何の意味もありません。



売りと買いが均衡した地点で価格が決定されるだけですから、
USDJPY 100.00円も、106.23円も、どちらも単なる数値。

そこに意味はない……はずなのですが、
「00」の一線は明らかに意識されています。



「00」で意識されるのは、価格だけではありません。


株式市場でいえば、
14時59分59秒の価格と15時00分00秒キッカリの価格。

たった1秒の差ですが、
後者は「終値」としてローソク足に刻まれ、翌日も翌々日も意識される一線となります。


売りと買いのバランスがとれた瞬間ごとに価格は決定しますから

その均衡地点は
その一瞬、一瞬で常に動いています。


それは情報量とすれば膨大すぎて、人間の頭では処理できないため
四本値によって記号化し、視覚的に捉えやすくしたものがローソク足です。


私たちの脳は、膨大な情報からより正確な結果を予測するよりも
大雑把に捉えて素早い判断を優先するクセがあるようです。


「00」を意識するのも、このためでしょう。


まだ人間が猿だった頃、ジャングルでは1秒の迷いが命取りになりかねませんから
これは生きる残るための実用的な遺伝子の戦略だったのかもしれません。


そういった意味で、値動きをローソク足に置き換えて眺めることは
脳の仕組みと相性が良いのでしょう。


とはいえ

「“値動き”という常に変化する膨大な情報量」を
「“ローソク足”に表して単純化する」のは、

「高解像度の動画」から「4枚の静止画」を選び出すようなものです。




その反対に、
選んだ「4枚の静止画」から「1本の動画」を再現することなど不可能なの言うまでもありませんが、多くのトレーダーは
ローソク足から値動きが解釈できると思い込んでいます。





記号化された目に見えるもの。

区切りのいいもの。

大雑把に捉え易いもの。


無意識に脳が好むこれら「粗目」な素材だけを追いかけても、
長期的に勝ち続けることはできません。




「粗目」を無視してもいい、というわけではありませんが
今後、人間的なバイアスのないEAやAIによってエントリーや決済が自動化されていく相場では、

「00」を特別視しない視座ももたなければならない、ということです。





相場の勝ち方は無限にあります。

言い換えれば、負け方も無限です。


EA(自動売買)など数年前まで考えもしなかったような「武器」が次々に生まれている昨今、

勝てる者はどんどん勝ち進んでいき、負ける者は文字どおり「一瞬で」相場から退場していきます。




脳の遺伝学的な仕組みという点では、

勝組トレーダーも負組トレーダーも大きな違いはないでしょう。




それでも相場は、

両者を明確に分け隔てます。




冷徹、残忍、無慈悲、酷薄。


そんな相場だからこそ、


生き残ることで


人生の愉しみを見つけられるのかもしれません。





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【相場の効用】美意識は、豊かさ。



美意識とは、プライドが表出したものです。



ここでいうプライドとは、
「他者からカッコ良く見られたい」などといった外部との関係性でつくられるものではなく、

もっと高次の視座をもち
「自分 対 自分」という客観的な視点からつくられるものをいいます。


ですから「美意識を鍛える」とは、

まるで彫刻のように余分なものを削りながら

自分自身の中から「理想の自分の姿」を彫り出していく作業を指します。






野営する時のように、モノが不足している場面では

飲み物を飲む器は「あればいい」と認識され
紙コップでも十分事足ります。


ところがモノが溢れている場面では
「あればいい」という感覚は最低限の感覚となり、

紙コップで毎日の食事をするには不快感物足りなさが付きまといます。




選べる環境にあるほど食器は一種の文化となり、

人は敢えてガラスや陶器を選択したり、

バカラやマイセンを選択するようになります。





モノが溢れている場面では、
あれば役立つ便利なものに魅力を感じません。



素材の特別感、装飾の技巧、それを使う人や時間が重視されます。




バカラ自体、もしくはバカラを使う行為を通して

何かを感じたり表現したいという欲求が生まれ、



そこに特別感が生まれます。







この「特別感」を見出す作業が「美意識を鍛える」ということです。





理想の自分を彫り出すにあたり、

より精巧で魅力的な彫刻作品を創ることのできる人ほど美意識が高いことになります。







生活の一場面に限らず、
経済成長下の社会の変遷にも同じことがいえます。



戦後などのモノの無い社会であれば、

「あるか、ないか」が判断基準なので

たとえ紙コップであっても必要とする人は大勢いて、陳列したその瞬間から売れていきます。




次に技術が進んで生活水準が上がると、

「あるか、ないか」ではなく

「長持ちして使いやすく、安いもの」が売れるコスパ重視の市場が構築されます。





そして「長持ちして使いやすく、安いもの」までもが充実してくると、

モノが溢れる社会に突入します。


“そこそこ良いモノ”が
いつでもどこでも手に入るようになります。






こうなると、

先ほどのように人はモノに対して「特別感」を求め始めます。



職人は誰か、メーカー・ブランドはどこか、素材は何か、など。




誰もが“それ”を使う行為の先に

「理想的な自分の姿」を見るのです。










実業家や経営者の方の多くは、
美意識を鍛えることがライフワークになっています。



先ほどは食器を例に挙げましたが、

身体を鍛えたり、エステやスパに行ったり、
美術館を巡ったり、字を習ったり、眼鏡や靴をオーダーメイドしたりー。



私の親世代までは「美」はほとんど女性の独占市場でしたが、

今や男性も美を追求します。





私が投資関連でお付き合いのある男性経営者の方のほとんどが

ボトックス注射、ホテルスパ、姿勢矯正(整体)、髪質改善トリートメント、靴やスーツのオーダーを当たり前のように行っています。





近年、男性が美意識を鍛えるようになったのは、

ビジネスの成功に「その人と提携する特別感」が大きく影響するようになったからです。




決して、美容好きのイケメンだから成功する、と言っているわけではありません。




経済活動の基準が
特別感」を見出すことにシフトしているので、

彫刻技術を磨き、いろいろな作品を創造することのできる人でないと成功しない、ということです。










美意識の高い人が、美意識の高いモノに惹かれるのは当然のことです。




例えば、
ビールの泡に繊細な口当たりを求める人は、

缶のまま直接ビールを飲む人と一緒に食事をしたいとは思いません。

家にビールサーバーを持っている人と、「神泡達人のいるお店」に行きます。



今やお店のビールと同じものがコンビニやスーパーでも手に入るので、

人はお店でビールを飲むこと自体に魅力を感じなくなっています。



「神泡達人のいるお店」は、
泡の「美」を追求する人に「特別感」を提供できるから、ビジネスとして成功するのです。







姿勢矯正や靴のオーダーだって同じです。

それらを経験している人は
同じように経験していて、近しい「理想」をもつ人と一緒に居たいのです。







私は、これは一種の「共鳴だと思っています。




ビジネスの先に見る「理想」に共鳴し、

そこに「特別感」が生まれ、ビジネスの成功に繋がります。





誰かの美意識と誰かの美意識が共鳴したとき、

両者はそこから離れられなくなります。




これからの時代、

いや、もう既にその時代が始まっています。





「豊かさ」=「お金をもっている」「沢山のモノを持っている」 


と考えられた時代は終わったのです。




美意識を鍛え、どれだけ多くの人と共鳴できるかが

その人の存在価値となります。







美意識こそ、豊かさ。


そして、存在価値が上がれば、

結果的にお金がついてきます。



「金持ちの道楽」と考えられてきたものが、

「ビジネスの成立に不可欠」になっています。


こだわり尽くして創り上げた逸品を

家族や友人が「こんなもの、誰も買わないよ」なんて言ったとしても、



今や市場は
世界中に明け渡されているのですから

70億人のうち1人と共鳴し味方につければ、

そこに小さなビジネスが成立する時代なのです。







お金の額やモノの量は、
数値で表すことができるので判別しやすいですが

という目に見えないものの判別は、より高度で難しくなります。



しかし「感覚」として離れなくなるので、

結びついた本人は強烈に実感します。






数字で測れない「何か」が、富を吸収していくー




取り残される側は、
理由もわからないままにどんどん奪われ、憔悴していくことでしょう。




数値でデータ化され分析・判断できるものは、AIが得意とする領域です。

一方、「美」という感覚的なもの、直感的なものはまだAIが人間に追いつけない領域です。






美意識を既に鍛えている人は、

AIにできることはAIに任せ、
自分はもっと美意識を鍛えることに時間を使おう


と考えます。



こういった人は、存在価値をどんどん高め、

それに伴ってどんどん富を吸収していきます。






美意識のない人は

「美」を感じ取れないばかりに、

その仕事はAIに取って代わられます。




存在価値はどんどん薄れていき、当の本人は美意識を鍛える間もなく、

明日の食べ物を確保することに必死になるばかりで

それ以上どうすることもできなくなってしまうのです。









私は、FXの自動売買システムを通して‌
人間には到底できないような超高速取引を毎日目の当たりにしています。

それを見る度に思います。



AIは、未来の話ではありません。

もう既に
私たちの生活に浸透しつつあります。





そのAIの浸透速度と、私の美意識を鍛える速度と

どちらが速いか?という勝負になるので

「気を抜けない…」という思いに駆られて、背筋がゾクゾクします。








トレーダーは恵まれています。



「労働時間」に拘束されることなく、

超効率的に稼いで生活する術をもっているからです。





個人が1秒間に100万、200万円単位を取引することなんて、

他の仕事ではかなり限られます。




その効率によって生み出された時間を、何に費やすかー。







まさか

youtubeを観て一日潰れた、なんて無意味なことはしないはずです。




この記事を読んだトレーダーは、



その答えは明白でしょう。








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銀座 とらや




虎屋菓寮に行ってきました。

暑かったので、
宇治金時&練乳みかんのクリームソーダをオーダー。


氷のふわふわ感と、抹茶のほろ苦さ、そして最後にやってくる餡子の甘み。

かき氷っていいですね。



クリームソーダも、
バニラアイスの濃厚な甘さの癒しに炭酸が心地よい…。

氷自体も純氷(かちわり氷っていうのかな)だったので

ソーダが身体に染み渡る感じ。夏は、これです★



水が豊富で山から平地の高低差(温度差)に恵まれているからか、

日本は「氷」を色々な形で愉しむ術を知っているな…
なんて感慨深くなった頃、氷パワーで体が冷えてしまいました。


ちょっと寒いなーとふと頭を過ぎった時、

お店の方が「温かいお茶もお出しできますよ。」
とお声掛けくださいました。



暑い、喉が乾いた、甘いものが食べたい。

私の我儘を散々叶えてくれた上に、
今度はベストタイミングで温かいお茶まで出してくれる…。

虎屋さんのお菓子は、美味しいはもちろんなのですが
「スイーツ」と一括りにするには、どうも安易すぎる感じがします。



和菓子はその歴史の中で
「茶道」と深く関わってきました。

茶道においては「おもてなし」がキーワードになりますが、
これは、海外の「サービス」とはまた少し意味が異なります。

サービスは主従の関係があって、
100%主人の要望に応える(そして報酬が発生する)という考え方です。



一方「おもてなし」には、
亭主(もてなす側)と客人がいますが

亭主は、茶室の設えから花、掛け軸等に至るまで徹底してその心を表します。



客人は「お茶を飲む」行為に留まらず、
家主の心を読み解きながら、その世界観を味わいます。

客人にも、「もてなされる技量」が必要ということです。




「スイーツ」と一括りにできない、と思ったのは

虎屋さんには、この心があらゆるところに行き届いていると感じたからです。




もちろん、緊張して来店する必要は全くないのですが

和菓子を味わうには、
まず「客人」になるワンステップがあるともっと美味しく感じ、

そのひとときを
より深く愉しめることは間違いありません。




相場に長く居ると、
ついつい「奪い合い」が当たり前になってしまいますが

虎屋さんの「おもてなし」によって、

私の心も解きほぐされたのでした。





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