こだわり



こだわりを面倒と捉える人も多いでしょう。

「〇〇でなくてもいいじゃないか」そう捉える人にとって
「〇〇でなきゃ駄目だ」は、迷惑な話かも知れません。



確かに、「でなくてもいい」だけで身の回りを揃えたとしても
なんら不都合を感じることなく過ごせるでしょう。


コンビニスイーツなんてその最たるもので、
いつでもどこでも、手軽に甘く美味しいものを口にして小腹を満たすことができます。

なにか物足りない時に「コンビニ」へ行けば
問題が解決し、ハッピーになれます。


それが“convenience”の境地でもあります。



だからといって「コンビニしか知らない」というのも、
どこか乾いていて寒々しい。







貧すれば鈍す】―。



これは「お金の無い人は鈍感だ」といっているのではなく、


ライフスタイルの中に
こだわりをもつ”ゆとりをなくすことは愚鈍である、という意味です。


こだわりをなくすことが「貧する」なのです。







最近、着物で出掛ける機会が何度かありました。


これまでの人生で花火大会に浴衣を着せて貰ったり、成人式や卒業式に振り袖を着せて貰ったりということはあったのですが

いざ自分で着付けをするとなると、不慣れゆれ出掛ける前から大仕事です。

着付けをするのに姿見があればいい、と思っていたのですが
三面鏡を使ってみるとこれがものすごく使い易い。

着物は前より後ろ姿のほうに重きがありますから
ちゃんと着ようとすると三面鏡じゃないとだめなのです。


帯は、一重太鼓にしようか、角だしにしようかー。

それは単に個人的な好みではなく
選択自体に「その日」の心構えが表れますから、綺麗で崩れにくければ何でもいい、というわけにはいきません。

あれやこれやと考えている時に、平面的な姿見では都合が悪いのです。


そうやって自分で着付けをするまで、三面鏡の重要性に気付いていませんでした。

鏡なんて自分の姿が映ればいい、としか考えていなかったのでした。





「着物を着付ける」という行為のずっと前から、

「道具を整える」という手順が存在していた―。




「こだわり」のある人は一分野に限ることなく、

衣・食・住、美術、工芸、音楽、演劇・・・何にでも精通しているのは道理なのだと合点しました。








このように、日常生活のどんな些細な事柄にも

知らなかった世界を知り、自分のものにしていく過程では

必ず「こだわり」が生まれます。



こだわりのある人は、ない人よりも拓けた世界を知っています。




そうして拓けている分だけ感覚の置き所をいくつももっていて

内面から自分を大切にする業(わざ)にも長けています。






さらには、自分の内面が十分に満たされることで

他者を思い遣る想像力にも富んでいきます。






私の母は、緑茶を淹れるのが昔から上手です。

茶葉はスーパーで買うか、お香典返しで貰ったもので決して特別なものではないのですが

緑茶本来の甘みを引き出すのがほんとうに上手い。



訊けば、湯冷ましの加減なのだといいます。

温度計は使わず、お湯を移し替えるごとに7度ほど温度が下がる原理を活かして

その回数を数えながら感覚的に60度前後に調整していきます。


熱湯ではなく60度のお湯でゆっくりと茶葉を開かせることで、苦みが出にくいのだそう。

ティーバッグにポットの熱湯をジャー!としていた当時の私にとって、それが世界が拓けた瞬間でした。





母にとって「湯の温度」がこだわりであり、


お茶本来の甘みを引き出そうと時間を費やすことが

それを飲む自分を大切にする行為に繋がっています。





どこかで客人として甘いお茶を出されることがあれば
お茶を淹れた人の心持ちも推し量ることができますから、

一服のお茶にも有難みを感じることができます。






私はこの“ゆとり”を豊かさだと感じますし、

逆にこのこだわりを面倒と一蹴してしまう人を貧しく愚鈍だとも思います。





あるとき、そういった「人のこだわり」を説明するのに「おこだわりがある」と言い表す人がいて、

他人事ながらどことなく嫌な気分になりました。



「こだわり」を丁寧に言えば「お」をつければよい。文法的には何も間違っていないのだけれど

知らない世界に興味を示さず、知ろうともしないその姿勢に加えて
表向きには丁寧に扱っておこうという取り繕い方に不満をもったのでした。





拓けた世界を知るチャンスなのに、自分から門戸を閉じてしまっている。

そのような姿勢もやはり、貧しく愚鈍なのです。











「経済」という言葉は、

もとは「経世済民」の省略です。




つまり、

「世をめて(治めて)民の苦しみをう(救う)」が語源です。






お金の遣り取りというよりはむしろ、

他者への思い遣り精神の在り方を意味しています。







自分を大切にできない人は、

他者を大切にすることはできません。



他者を大切にできない人には、

経済が味方をすることはありません。






本当の意味で「経済力」のある人というのは


拓けた世界を知り、他者を思い遣り、その苦しみを昇華する力をもった人。





私は、そう信じています。






最後までお読みいただきありがとうございます。


私が使っているFX自動売買ツールなどのシステムについては

コチラ 】 をご覧ください。



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