お金が入る「器」の有無を考える

お金が入る「器」の有無を考える


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#港区女子という言葉が浸透して随分経ちます。

が、その大多数の生態は
「港区外に住んでいて、日没とともに港区内の繁華街に出没し、夜明けとともに港区から去っていく女子」

または
「職場を港区内に探して、毎日通う女子」なのだそうです。


これも「映え重視SNS時代」のカルチャーなのかも知れません。




港区女子の実態を知ると、
六本木や麻布十番の昼間と夜間では全く人種が違うのも頷けます。


そして南青山や表参道のカフェで働く若い女性が
カルティエやロレックスの腕時計をしているのも、

ああそういうことだったのか、となんだか腑に落ちます。



そうは言ってもみんな二度見するレベルで可愛いので
それだけでこの街では絶対的な「正」であり、

理由はどうあれ
街がそれらを許容していることに、私は大都市・東京の「包容力を感じます。






一方で港区マダムと呼ばれる女性たちもいます。

いわゆる「港区ガチ住み女性」です。




港区にステータスを感じて、
マウントを取るために住んでいる人とは違います。



「ガチ住み」といわれるのは
他の地域だと目立ってしまって「標的にされてしまうデメリットがあるから」です。



例えば世帯年収が億単位だったとして、
港区内に住んでいれば
税務署のお尋ねターゲットにされる確率がぐんと減る。


適法に過ごしていたとしても、
目立つせいで行政指導の対象にされるのは嫌なものです。







港区マダムは、多忙な毎日を送っています。


有名ブティックや
最新医療を駆使した美容サロン、
有名シェフが経営するレストランの常連さんなので


いくつものお店のファッションショーや新製品発表会、
イヤーエンドパーティー等々に招待されていて

あちこちへ顔を出すのに大忙しなのです。







常連客でありお店の応援者でもあるので、

ある意味スポンサー業や
投資活動、寄付活動に近いのかもしれません。




マッケンジー・スコット氏、メリンダ・ゲイツ氏・・・ほどの影響力はないとしても、

日本の社交界を生きる女性達は
ハイスペキャリアウーマンとは違った不思議な魅力をもっています。






彼女たちが毎日触れているものは、
まだ市場に出回る前の最高品質のものばかりです。



そのライフスタイルが
「人と人とのによってもたらされていることを知っているので

本当に感じがよく、素敵な人ばかりです。



身の回りが全てそうなので、
自然と美しいものに馴染む空気を纏うようになります。





地方出身の私には、港区マダムなんて
当初は想像もつかないライフスタイルでしたが、


さすがは東京。

こんな形でも経済が回っているのです。








港区女子港区マダム

響きは似ていますが、
月とスッポンです。



「港区」にしがみつく女性と、
「港区」が掴んで放さない女性―。



この2つは全く別もので、
その間にはいくつかのがあるそうです。





その一つが

「タクシーが止まるかどうか」





こう書くと読者のみなさまは

え、タクシーなんて手を挙げれば止まるんじゃないの?
と思うでしょう。





違うんです。


乗る気がないのに、
タクシーが乗車してくれと言わんばかりに何度も目の前で止まってしまう・・・。


これが港区マダムなんだそうです。




横断歩道の信号待ちで、
「髪をかき上げる」「サングラスを外す」「マスクを触る」といった仕草をしただけなのに

何度もタクシーを止めてしまうのが
港区マダム・マジックです。笑






タクシードライバーが勘違いしただけでしょう?と思われたなら
試しに交差点で髪をかき上げてみてください。

そう簡単には間違われないものです。笑



それなのに何度もタクシーを止めてしまうからこそ、
港区マダム・マジックなのです。








タクシードライバーは、プロです。


勿論、運転のプロでもありますが、
客を見るプロでもあります。



昨今はタクシー強盗にドライバーが刺された、
なんていう物騒な時代ですから、命がけで客を見ています。



仮に一人20〜30分の乗車時間だと仮定しても、
毎日20人超の客を乗せていることになります。



車内のあの密室空間で、命懸けで、
毎日20人を見ているのです。

こういった仕事は他にありません。







正確には、目は進行方向を向いていますから

視覚以外のあらゆる感覚をもって客を視ています。



タクシードライバー歴10年であれば5万人を、
歴20年であれば10万人をその密室で見ている計算になります。



そうやって万単位の客と接するのですから
乗った瞬間、いや、乗る前段階から客は品定めされているということです。



そうして、「また会いたい客」像というのができあがります。


この人を乗せられて今日はいい日だな、
と思える素敵な人です。




「急いでいるから早く行って!」という人は最悪です。

安全第一で仕事をしようとするその後ろから、急かしてくるのですから。

あんたが急いでいるのなんか知ったこっちゃない!
と腹の内では思っていることでしょう。





「折角だから、イルミネーションが見える大通りから行ってくれますか?」
と言えるのが素敵な人です。

ドライバーさんだって
綺麗なものを見ながら仕事ができれば嬉しいものです。






港区マダム・マジックは、

その人が纏っている美しい空気感が
信号待ちの歩道から滲み出ているからこそ起こる、プチ・ミラクルなのでしょう。





金払いが良く、人を急かさないのは当然のこととしても

美しく洗練された特別な時間がその人には流れていて、
それが一つ一つの仕草に現れています。




タクシーのプロは、
その経験値から瞬時にそれをキャッチし

「会いたい」「同じ空間に居たい」と本能的に思うから、止まるのです。




これはタクシードライバーに限った話ではありません。





誰もがみな、

同じように思うはずです。








一緒にいるだけで、
いつもの景色を別世界へ変えてくれる人。

全てが美しく一緒にいるだけで
心が洗練されていく感覚になる人。




その心地よさから、
純粋に「また会いたい」と思うのではないでしょうか。






収入の大小に限らず、
人生を成功させられる人というのは

このように
「また会いたい」と思われる人です。



これが、人のです。








器の小さい人は、
必死になっていて、息切れしていて、余裕のない人です。


今生きることに目一杯になっていると、

「言わねば損」「タダならもらう」「少しぐらいバレない」
という強欲さが骨の髄まで染みついてしまっています。


誰もこんな人に
「また会いたい」とは思いません。





器の大きい人は、
ゆとりをもっていて、心地よさを周囲に与え続けている人です。


見返りを求めることなく、分け隔てなく、小さなハッピーをみんなに与え続けているのです。







当ブログではお金の話を多く書いているので、
あえてお金に限っていいます。



「お金」は人から人へ、延々と流れているものです。


「経済」とは
それをぐるりと輪にして流れる速さを調整しうまく循環させる仕組みです。


人が社会をつくって生活する中では、
必ず経済活動の恩恵を受けます。

つまり誰の元にも、お金の流れは必ずやって来ます。




とうとうと流れる大河のような時もあれば、
滝のような激流がやって来ることもあります。


そこから掬い取った分が「収入」になります。




大量に掬い取ったとしても、
器がなければ溢れ出てしまいます。

身分不相応ということです。



器の大きい人は、
溢れることなくそれに見合う分を得ることができます。




結局のところ、

の分しか得られないようにできています。












超富裕層は、収入源を複数持っていますから

「仕事上、嫌でも仕方なくお付き合いしなければならない」
という感覚がありません。




この人と関わると精神的に損失しかない、
と思えばすぐに離れていきます。


逆に、
この人と会うと愉しいな
と思えば、すぐにまた会ってくれます。



「明日、こんなイベントがあるんだけど一緒に行く?」みたいな。

性別関係なく、お誘い上手です。


(とんでもない超富裕層から「明日くる?」と言われて
「明日は大事な会議があって・・・」などと断われば、また平凡な日常に引き戻されます。

目の前のビッグチャンスと、上司のご機嫌。
どちらを選択するかで人生が変わるんですが、このあたりのお話はまたいつかの機会に。)








また会いたい、また会いたい・・・が連続して
人の「縁」になります。


1つの「縁」は、
また次の「縁」をつくります。





海洋にはいくつもの海流があるように

「縁」の大海原に「お金の流れ」があり、世の中を巡っています。



決して
「お金」の海に「縁」があるのではないのです。











先日、あるホテルで見かけた男女がいました。

40代の脂の乗った俺様系男性と、
20代のゆるふわ系量産型女子が腕を組みながら歩いていました。


どうやらホテルのエントランスから外へ出るつもりで1フロア間違えていたようで、
披露宴会場の方向へずかずかと進んでいきました。



そこでホテルスタッフさんが
「お出口でしたら、あちらでございます。」と丁寧に阻止したのですが、

その男性がUターンしながら一言。



「あ、出口変わったの?」




いやいや、そんな工事するかいな。笑





スタッフさんも苦笑いしかできなかったようですが
彼女の前で「俺は慣れてる」風に格好つけようとして、
必死で放った「俺は悪くない」と主張する捨てゼリフ。



器が小さく「言わねば損」の感覚を持った人は、案外どこにでもいるものです。





捨てゼリフは、「排泄」と同じです。

相手に責任転嫁をするために、
言い放ってスッキリしようとしているだけです。


言われた側は汚物を投げつけられたのと同じです。

「また会いたい」と思うわけがありません。




「ほんの些細な言動」を繰り返すことによって、

人の器はつくられていきます。




繰り返すことでその人の 「当たり前」になっていき、

「日常」になり、

「人生」になっていきます。






「また会いたいと思える素敵な人なんて、身近にいない。周りは嫌な奴ばかりだ」

と思うなら、その生活環境を選んでいる自分を省みてください。



自分自身も「言わねば損」「タダならもらう」を無意識にしてしまうような
汚物を投げつける嫌な奴かもしれません。



当ブログの読者さまの多くは
きっとそんな人ではないと思うのですが

残念ながら私のシステムユーザー様には、
これまでに極少数ですがそういった人がいらっしゃいました。


そういう人はお金しか見えていないので、すぐに離れていきます。


逆にご縁を感じるユーザー様には、
新しい投資情報があればお知らせしたいとも思います。


これは依怙贔屓でも何でもありません。




人にはそれぞれ、
人生のその時々の状態に合った「器」があります。




器が小さい状態のところに
過分な「流れ」がやってきても、


取りこぼした分をかき集めようと
さらに必死になって息切れするだけです。









大海原を旅をするのに、



雨ざらしのイカダでは苦痛しかありません。




ベッドもお風呂もレストランも揃ったクルーズ船でなければ



ゆったりと「世界」を味わうことはできないのです。












脱サラトレーダーのシステム、
詳細はこちらのページから。




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